
「人手不足で仕方なく…」 2025年9月、ある企業の役員がそんな言葉を残し、入管法違反の疑いで逮捕されました。在留資格で許可された業務とは別の仕事に従事させていたのです。多くの企業が人手不足に悩む今、この事件は決して他人事ではありません。知らず知らずのうちに法を犯し、会社の信用を失う。
そんな最悪の事態を避けるため、外国人採用の「知っておくべきリスクと対策」を、実際の事件から学びましょう。

人手不足が招いた「不法就労」という結末
まず、この記事のきっかけとなった事件の概要を振り返ります。これは、外国人採用を検討するすべての企業にとって重要な教訓を含んでいます。

2025年9月に起きた特定技能外国人の摘発事件
2025年9月11日、警視庁は、農業分野の「特定技能」という在留資格を持つ外国人を、資格外であるクリーニング工場で働かせたとして、人材派遣会社の代表と受け入れ先のクリーニング会社の役員らを入管法違反(不法就労助長)の疑いで逮捕したと発表しました。
【事件のポイント】
- 誰が:人材派遣会社と、受け入れ先のクリーニング会社
- 何を:農業分野で働く許可しか持たない外国人を、クリーニング工場で働かせた
- なぜ:宿泊需要の回復による深刻な人手不足が背景にあった
(出典:毎日新聞 2025年9月11日配信)
この事件の重要な点は、外国人材を送り出した「人材派遣会社」と、実際に雇用した「受け入れ企業」の双方が摘発されたことです。どちらか一方の責任ではなく、関わった企業すべてが厳しい法的責任を問われることを示しています。
「仕方なかった」では済まされない現実
逮捕されたクリーニング会社の役員は、「働けないと分かっていたが、人手不足を補うために仕方がなかった」と供述したといいます。
この言葉に、同じく人手不足に悩む経営者や採用担当者の中には、共感する部分があるかもしれません。特に、厳しい労働環境で日本人の採用が難航している現場では、切実な叫びでしょう。
しかし、言うまでもなく「知っていたが、仕方なかった」という言い分は法的に一切通用しません。 コンプライアンス(法令遵守)が厳しく問われる現代において、違法行為は企業の存続そのものを揺るがす致命的なリスクとなります。
外国人採用は、人手不足解消の有効な手段ですが、それはあくまで法律というルールの上で成り立つものです。そのルールを無視すれば、採用は「成功」どころか、企業の「破滅」の引き金になりかねないのです。
なぜ事件は起きた?外国人採用に潜む3つの落とし穴
今回の事件は、単に一つの企業が悪質だったという話で片づけられるものではありません。外国人採用を検討するすべての企業が陥る可能性のある、3つの大きな落とし穴が隠されています。

①在留資格への致命的な理解不足
事件の最大の原因は、「在留資格」に対する理解不足にあります。
在留資格とは、外国人が日本に滞在し、特定の活動を行うために必要な「許可証」のようなものです。そして、その許可証には「どんな仕事をして良いか」が厳格に定められています。
今回のケースでは、農業分野での就労を許可された「特定技能」の在留資格を持つ外国人を、まったく無関係のクリーニング工場で働かせていました。これは、外国人材を「誰でも・どこでも働ける便利な労働力」と誤解した典型的なパターンです。
②安易な採用ルートを選んだ結果
報道によると、今回の事件では人材派遣会社も逮捕されています。 人手不足に焦るあまり、「すぐに人材を紹介できます」「どこよりも安く採用できます」といった甘い言葉を掲げる業者に安易に頼ってしまうケースは後を絶ちません。
しかし、その業者が在留資格を正しく理解し、適正な手続きを踏んでいるかを見極めなければ、結果的に自社が罰せられることになります。
・在留資格の申請で、虚偽の書類を作成された
・法外な手数料を請求された
・紹介された人材が、実は不法滞在者だった

信頼できない業者との取引は、このような危険と常に隣り合わせです。採用コストを抑えたい、すぐにでも人材が欲しいという気持ちが、かえって大きな代償を払う結果に繋がるのです。
③背景にある深刻な人手不足
逮捕された役員の供述にもあるように、違法行為の背景には、現場のどうにもならない人手不足があります。 特に、今回のクリーニング業(リネンサプライ)のように、夏場は40度を超えることもある過酷な労働環境では、日本人の働き手が集まりにくいのが現状です。
しかし、何度でも強調しますが、どんなに人手不足が深刻であっても、法律を破って良い理由にはなりません。 むしろ、そのような状況だからこそ、適法な手続きで採用した外国人材に長く活躍してもらうための環境づくりが求められます。
知らなかったでは済まされない!外国人採用の3つの法的リスク
もし、自社が不法就労に関わってしまった場合、具体的にどのような事態が想定されるのでしょうか。「知らなかった」では済まされない、厳しい罰則と社会的制裁が待っています。
①経営者が逮捕されるリスク
不法就労と知りながら外国人を雇用したり、斡旋したりする行為は「不法就労助長罪(ふほうしゅうろうじょちょうざい)」という犯罪にあたります。
今回の事件のように、経営者や役員が逮捕・起訴される可能性があり、その場合の罰則は「3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金、またはその両方」と非常に重いものです。
②企業イメージが著しく低下するリスク
逮捕や書類送検に至った場合、企業名が実名で報道される危険性が極めて高くなります。 一度「法律違反を犯した会社」というレッテルが貼られると、そのイメージを払拭するのは容易ではありません。
・取引先からの信用失墜、契約の打ち切り
・金融機関からの融資ストップ
・顧客や消費者からの不買運動
・新たな日本人従業員の採用難
このように、事業の継続そのものが困難になるほどのダメージを受ける可能性があります。築き上げてきた信用を、一瞬で失うことになるのです。
③今後の採用活動が困難になるリスク
一度でも不法就労助長罪で摘発されると、社会的な制裁だけでなく、行政上のペナルティも科されます。 具体的には、その後一定期間、技能実習生や特定技能外国人を受け入れる機関としての認定を取り消され、新たな外国人材の雇用が認められなくなる可能性があります。

人手不足を解消しようとした違法行為が、結果的により深刻な人手不足を招き、会社の首を絞めるという皮肉な事態に陥ってしまうのです。
これらのリスクを回避する!採用を成功させる3つの対策
ここまで外国人採用における注意点を解説してきましたが、もちろん、正しく向き合えば非常に大きなメリットがあります。リスクを回避し、採用を成功させるために、必ず押さえておくべき3つの対策をご紹介します。
①「在留資格」の正しい知識を持つ
すべての基本は、採用候補者の在留資格を正しく理解し、確認することです。 面接時には必ず「在留カード」の原本を提示してもらい、以下の点を確認するフローを徹底してください。

- 在留資格の種類:自社の業務内容と一致しているか?
- 在留期間:有効期限は切れていないか?
- 就労制限の有無:「就労不可」や「指定書により指定された活動のみ可」となっていないか?
特に、アルバイトで雇用する場合でも「資格外活動許可」の有無を確認する必要があります。これらの確認作業を怠ることが、トラブルの第一歩となります。まずは、自社が採用したい職種では、どの在留資格が該当するのかを正確に把握することから始めましょう。

②信頼できる専門家・支援機関に相談する
在留資格の制度は複雑で、法改正も頻繁に行われます。 「自社の判断だけで進めるのは不安だ」と感じるのが当然です。そんな時は、迷わず専門家の力を借りましょう。
- 行政書士や弁護士:在留資格の申請手続きに関する専門家
- 登録支援機関:特定技能外国人の受け入れや生活を支援する機関
- 有料職業紹介事業の許可を持つ人材会社:適法な手続きで外国人材を紹介する会社

これらの専門家は、最新の法律知識に基づき、企業が法を犯す危険性を未然に防いでくれます。目先の紹介料や手数料の安さだけで業者を選ぶのではなく、国から正式な許可を得ているか、支援実績は豊富かといった観点から、信頼できるパートナーを見つけることが成功への近道です。
③採用後の受け入れ体制を整備する
外国人採用は、内定を出したら終わりではありません。むしろ、そこからがスタートです。 採用した人材が能力を最大限に発揮し、長く定着してくれるかどうかは、企業の受け入れ体制にかかっています。
・言語のサポート:業務マニュアルの多言語化、やさしい日本語でのコミュニケーション
・生活のサポート:住居の確保、銀行口座の開設、地域のルールなどの案内
・相談窓口の設置:仕事や生活の悩みを気軽に相談できる体制づくり
彼らを単なる「労働力」としてではなく、共に働く「仲間」として迎え入れる姿勢が、結果的に企業の生産性を高め、不要なトラブルを防ぎます。

まとめ:リスク管理こそが外国人採用成功の鍵
外国人採用は、人手不足を解消し、企業に新たな価値観や活気をもたらす大きな可能性を秘めています。 しかし、今回の事件が示すように、法律や文化の違いといった乗り越えるべき課題や潜在的なリスクから目を背けてはいけません。
「知らなかった」「仕方なかった」では、会社も従業員も守れません。正しい知識を身につけ、信頼できるパートナーと協力しながら、一歩ずつ着実に進めること。このリスク管理の視点こそが、これからの外国人採用を成功させる最も重要な鍵となるのです。